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こんにちは、10月も半ばとなっていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。そろそろAセメスターの生活も軌道に乗り始め、読書の秋を楽しむ余裕が出て来る頃ではないでしょうか。そんな時はぜひ、前回の特集記事も読みつつ、本を探し、読む、そんな本と触れ合う時間を大事にしてくださいね。

……とはいっても、どんな本を読んでいいかわからない、これまでとは違うジャンルの本にも手を出してみたい、今日はそんなみなさんのために一冊の本を紹介したいと思います。今回紹介する本は中尾政之教授(東京大学大学院工学系研究科 )の「失敗の研究 “違和感”からどう創造を生み出すか」です。中尾教授は、生産活動に伴う事故や失敗の発生の原因を解明し、経済的打撃を起こしたり、人命に関わったりするような事故・失敗を未然に防ぐ方法を提供する失敗学の第一人者です。本書では、この失敗学の専門家の観点から、失敗を防ぐ方法、創造を生み出す方法についてのエピソードがふんだんに書かれています。今回は私が気になったエピソードをいくつか紹介します。

まず、本書の中で一つの大事な核となっているのが「モレスキン」の存在です。スキン?肌?なんのこと?と思われたかもしれませんが、モレスキンは、イタリアの手帳ブランドです。このモレスキンのノートを、著者は「アイデアノート」として5年間、使い続けているそうです。筆者はこれを使うまでは、アイデアを書きなぐったレポート用紙をファイルに閉じてきたそうですが、カバンで常に携帯できるという実質的な利点と、ピカソが使っていたというきっかけによってモレスキンを使うようになったといいます。デジタル化が進んでいる現代では、気になったことのメモにはスマートフォンやツイッターを用いる人も多いかもしれませんが、作者曰く、見たものをデッサンしたり、概念を記号で示して因果関係を表したりすることができる点から手書きのノートの方が良いといいます。

では筆者はどのようにこのアイデアノートを用いているのでしょうか。当然、「アイデアノート」というからには自分の説や直感などをメモしていくのですが、そこで重要なことが「違和感」を記録することだといいます。日常と違うな、自分の当たり前と違うなという違和感を持つこと、これが建設的な脳の活動の起点となるそうです。これは将来のことを考えたり、リスクを事前に察知し大きな失敗を回避する観点でも、起業といった新しいビジネスのきっかけをつかんだりという観点でも重要であると触れられています。筆者も日々、「1億円もらえたらどんな研究をしよう」と空想を膨らませていたそうですが、実際、研究者になってから42歳の執筆当時までに少なくとも4回、1000万円から1億円の研究費をもらえる機会があり、この空想が研究スタートのスムーズさに大きく貢献したそうです。また、エピソードトークの貯金にもつながり、人間関係の輪を築く上でも重要なのだそうです。筆者は学生に「なんでもいいから、楽しい話を3つしてくれ」と無茶振りをすることがあるそうです。こういう時に、さっと話を準備し、しょうもないけれど、どこか笑えるエピソードを披露することができる人は、日頃から気づきや違和感を貯蓄している人で、そのような話ができず「僕の周りに面白い話なんてありません」と言ってしまう学生はたとえ勉強や研究は得意であっても就職活動などでは苦戦することが多いとのことです。この話を読んで、私は少し不安になってしまいました。面白い話……先週のある日、朝から用事で各所を歩き回り、夕方からは友人と卓球に興じた結果、「こんな運動したんだから痩せてるでしょ」と夜、体重計に乗ったら、運動と運動の合間に食べたポテトLサイズのせいか、バッチリ体重は増えていたということでしょうか。え?面白くないって?あっ、次参りましょう。

2つ目の話は、違和感やアイデアの卵をどのようにして手に入れるのかということについてです。そこで重要なことは「マインドワンダリング」だと筆者は述べています。どのような見方でしょうか。

まず、従来の失敗防止や創造促進において前提とされているのは「ナレッジマネジメント」という考え方です。これは直訳すれば、「知識管理」という言葉で、過去の知識や前例となるナレッジを踏まえて、次なる問いの答えを導き出すというアプローチです。しかし、本書では、このナレッジマネジメントは前例がボトルネックとなって、これがないと思考が前に進まなくなること、従来の確率論から離れたような斬新な発想、十分なリスク管理などが行われないなどの限界を指摘しています。

このような発想に対して、マインドワンダリングとはどのような考え方でしょうか。直訳すると「心の彷徨」と呼ばれる状態であり、何かに集中するのではなく、無意識に何か色々なことを考える、いわば「由無し事」を考えている状況のことを指します。このような集中と睡眠との中間のような状況においては、自説や仮説を先例に縛られることなく、導き出すことができます。ここでできたアイデアをメモとしてどこかにアウトプットすれば、思考の貯金として何かの機会に生かすことができるということです。

ここまで、失敗を防ぎ、新たなアイデアを生み出すための心がけについて書いてきました。我々の生活においても、新たなアプローチなどは日々の何気ない気づきの中に眠っているということはよくあることです。このような何気ない気づきをできるだけ次に繋げる、こんな試みが私たちの人生を豊かにしてくれるのでしょう。

私もモレスキンの手帳、取り寄せてみようかな。

中尾政之『失敗の研究:”違和感”からどう創造を生み出すか』
(WAVE出版)
2018/12