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こんにちは。皆さんいかがお過ごしでしょうか。期末試験を前にバタバタしているみなさんも多いのではないでしょうか。試験期間になると不思議と日頃やっていないようなことをやりたくなってくるものです。部屋の掃除、模様替え、美味しいお店開拓、色々あるでしょうが、なかでも「読書」はその筆頭ではないでしょうか。

今回は、東京大学史料編纂所近世史料部門所属山本博文教授の書籍、「東大教授の『忠臣蔵』講義」を紹介したいと思います。この書籍は、かの有名な赤穂事件、赤穂藩の武士47人が主君浅野内匠頭の仇の吉良上野介を討ったという事件について書かれた書籍です。この書評では、この本の特徴や印象的なエピソードを取り上げながら、「歴史の見方」について考えます。

吉良上野介って悪人なの?

いきなりですが、皆さん、「赤穂事件」をどのように捉えているでしょうか。皆さん、様々なイメージをお持ちだと思いますが、大方のところ、「陰湿ないじめをしていた吉良上野介に耐えかねた浅野内匠頭の不満がついに爆発、両者は喧嘩に至ったものの、立場が上である吉良だけは守られ、浅野は幕府によって罰され死罪、しかし名君・浅野に常日頃から恩義を感じていた赤穂藩の藩士たちは脱藩の上、浪士となって、吉良を襲撃、主君の仇を取る形で自らも切腹する」といったところでしょうか。

多くの人が抱くこのような赤穂事件の像を支えるのは、専ら古くは浄瑠璃、歌舞伎、今では時代劇などにおいて貫かれている「吉良=悪人、浅野=名君」というイメージです。この本の中では何度となく、この「前提」に切り込んでいます。

例えば、吉良上野介の「賄賂」。よく言われる話として、吉良が各大名から賄賂をもらっていたというのが吉良の悪人エピソードの象徴として語られますが、これは必ずしも真実ではないのです。というのも、吉良が各大名から金品を受け取っていたのは事実ですが、これは今でいう賄賂としての位置付けではなく、官位が高かった吉良に対して教えを請うた大名がさほど収入(石高)が多くなかった吉良への対価として払ったものです。このこと自体は当時の慣行に沿ったもので、決して汚いお金としての側面はなかったというのです。更に言えば、吉良は自分の領地内において、黄金堤の建築などによって善政を行う人として領民から慕われていたというのですから驚きです。いわゆる「吉良=悪人」像というのはある意味では「作られた」歴史であると言えるのかもしれません。どちらにせよ、歴史は物語ではあるものの、その物語は単純な善悪などで語りつくせないものと言えるのでしょう。

武士の「面子」と殉死禁止令

この本の中では、当初の浅野内匠頭による切りつけとその対応、その後の浅野家の対応、そして浪士が吉良邸襲撃に至るまでの流れが時系列でまとめられています。

その中で、この時代の武士の行動原理として度々紹介されるのが「面子」という言葉です。具体的には、主君浅野内匠頭が切腹になったものの敵の吉良は生きているという状況においておめおめと城を引き渡すのは、武士がメンツが立たないということから、当初、遺された家臣の主流派は切腹を主張したということなどがあげられます。

このように、自らの利益よりも重視すべきものとして捉えられていた「面子」についての記述は江戸時代の歴史を学ぶものとしては非常に興味深く見ることができます。一方で、江戸時代になり、平和な世が定着していく中で、殉死は禁止されるようになりました。このようにいわゆる武家社会からの転換というのも江戸時代を読み解くうえでは欠かせない視点であるのでしょう。

「歴史」をどう見るのか。

この本は、ここまでも見てきた通り、赤穂事件を通じて歴史の見方を読み手である我々に教えてくれます。そんな中でも私が最も心に残った一節を紹介したいと思います。

「(前略)でも、それは、歴史の正しい見方とはいえません。歴史上の人物の行動は、その時代の社会通念や道徳を下敷きにして見ていかなければなりません。」

世間には、赤穂浪士をいわゆる人殺し集団として見ている人もいるがどう思うかという問いに対する山本教授の答えとして用いられているこの表現、皆さんはどう考えるでしょうか。私たちは歴史を見る時、無意識のうちに現代の社会通念や道徳からそれを分析しがちです。年配の方の「我々が若い頃は……近頃の若者は……」といったような、過去の過度な美化はよく笑い者にされます。同じように、現在の価値観をまるまる押し付け、「この時代は……この時の人たちは……」と決めつけることもまた笑い者に値するような行為なのかもしれません。赤穂事件に限らず、歴史を見るときには常に心のどこかに留めておきたい考え方です。

ここまで、3つの内容を通じて、この本の特徴、この本が描き出す時代の風潮、この本が伝えたいメッセージについて掘り下げてきました。これらの点はもちろんのこと、この本は全体として当時の状況の描写、教授と聞き手の会話、図や表を豊富に用いた説明、章ごとの末尾についた時系列の表によって大変読みやすい一冊となっています。試験勉強の合間に、いや、試験が終わった後の息抜きに、夏休みの読書の習慣づけのきっかけにぜひ手に取られてみてはいかがでしょうか。

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山本博文『東大教授の「忠臣蔵」講義』(KADOKAWA)
2017/12