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今回の講義紹介では、毎学期開講され、非常に多くの受講生を誇る人気授業「現代教育論」を紹介する。講義を担当する教員の一人・丹野義彦教授にお話を伺った。

「現代教育論」で扱う領域

丹野先生

基本的に現代教育論がどういう授業かというと、現代の教育で、どんな事が問題になっていて、どういう風にしていくべきかを幅広く考えていく授業です。校内暴力・管理主義・いじめといった小中学校で問題になっていること、神経症・対人不安という臨床心理学の基礎的なこと、それから世界の教育・大学入試・一般教育のような教育社会学的な問題、大きくその3つに分けて話をしています。

教養学部の授業には3つの使命があります。一つは専門に対する基礎教育という面です。3,4年生で本郷の専門学部に進んだときの為の基礎になるような事を、1,2年生のうちに駒場で勉強するということです。理学部なら自然科学の基礎を駒場で学ぶでしょうし、医学部だったら医学の基礎になる自然科学の勉強を駒場でするわけです。現代教育論においても、人文科学や教育学の基礎になる事を勉強します。二つ目は教養教育ですね。専門学部に進む前に、世の中のいろんなことを幅広く勉強して、一般教養として知っておくべきことを身につけるということです。現代教育論で言えば、今日本の中で教育のどういうことが問題になっているかを学生に知ってもらうということですね。あともう一つ、駒場の授業は本郷の専門学部の出店みたいな側面を持っていて、専門への入門教育としての役割を持っています。自然科学なら「理学部でこういう研究をしているから面白そうだ、こういうことをやったらどうか」というのを出店的に宣伝するんですよね。同じように教育学部の出店として教育学の授業があるので、現代教育論を聴いて、「教育学部ではこんな面白い事をやっているんだ、教育学部へ進みたい」と学生に思ってもらえるような、本郷の授業のサンプルになることをやっています。このように、教養学部のどの授業でも多かれ少なかれこの3つの使命があります。私の「現代教育論」も3つの使命を果たすようにしていますが、特に二つ目の教養教育の比重が最も高いかなと思います。

専門分野と講義との関連

私は臨床心理学や教育病理学を研究しています。臨床心理学というのは心理学を応用して心の問題を持った人への援助をしていく学問です。臨床心理学の対象は中学生・高校生・大学生という青年期の方が多いんですよね。ですから必然的に学校教育の問題とどうしても関わらざるを得ないわけで、その点で関連があるということですかね。

いじめなんてのは最近非常に問題となっていますよね。私が大学で学生相談やカウンセリングをやっていると、中学校時代に友達から受けたいじめが大学生になっても大きなトラウマになっている人がたくさんいるんです。学校での問題が今の青年の心の健康に非常に大きな影響力を持っていると思うんです。そういうわけで臨床心理学を生かして、現代の教育の問題に役に立てています。無味乾燥で誰も興味を持たないようなオタク的なことを象牙の塔の中で研究するだけではなくて、アップ・トゥ・デートな今の日本の社会で問題になっているような事を研究したいと思っています。

社会問題と東大

丹野先生

教育の問題というのは社会的な問題そのものなので、まさに教育を知るということは社会を知るということだと思います。ですから私がやっている現代教育論の授業はかなりの部分が社会を知ることが目的となっているといっても良いでしょう。講義で取り上げる話題はどれも日本の社会の中の大きな問題なので、そういうことを知ってもらうのは、まさに今の日本の問題を知るということだと思います。

2つほど例を挙げるならば、いじめの問題とオウム真理教の問題ですね。いじめの問題が最近テレビや新聞に毎日のように出ています。私はここに赴任してからずっといじめの問題を取り上げていて、いじめに関するアンケートなどをしてきたんですね。その結果東大生でもいじめの被害・加害の経験があり、いじめの当事者になるということが分かってきました。東大生はいじめとは関係がないように思われたり、あるいは人をいじめて上手くのし上がってきたんじゃないかという風に思われたり、いろんな見方があると思いますが、全然そんな事はなくて、普通の人と同じようにいじめたりいじめられたり、一般の傾向と同じような傾向がはっきり分かるということです。

もう一つ、1995年にオウム真理教が地下鉄サリン事件を起こして、東大の駒場キャンパスがカルト宗教の草刈場になっているというのが報道されたんですよね。麻原彰晃が駒場祭の時に900番教室で講演をした事があったんですよ。当時はオウム真理教は多少危ないけど普通の宗教団体だとみんな思っていたのですが、その後すぐにああいう大事件を起こして捕まりました。その時、東大生がなぜオウム真理教に惹かれていったかということが当時非常に駒場キャンパスの中で問題になりました。オウム真理教に入信した東大生はたくさんいたし、幹部の中にも東大生が数多くいました。私は、駒場の教養学部の雰囲気が問題なんじゃないかと思いまして、色々調査しました。駒場キャンパスというのは非常に特殊なキャンパスで、言わばほったらかしですよね。他の大学は教養学部がなくなっているので、みんな入ったときから同じ学科の小さな集団の一員ということで仲間ができるんです。それに対して、東大は文一・文二・文三などの科類に何百人単位で入ってきて、一応クラスはあるけどそれほど機能していなかったりする。そのために駒場に来ても居場所がないという学生がたくさんいると思うんですよね。駒場キャンパスのそういう雰囲気が、メンタルヘルスやアパシーの問題を増やしていたり、あるいはカルト宗教の中に居心地の良さを見出す人達を増やしていくのではないでしょうか。そういうことを何とかするために東大も色々と工夫をしていますが、駒場キャンパスの特殊性というのは問題だと思いますね。

そもそも教養教育というやり方は、アメリカでは成功を収めていたんです。少人数制のきめ細かい授業で、個人のあらゆるニーズに対応しているからです。でも、日本ではその教養教育を大人数制の講義で行っているから、あまり上手くいっていないんです。その点において、私は駒場の教育体制は改善する余地がたくさんあると思っています。

講義をする上での工夫点

講義は毎日のことなので、毎日何かしら工夫をしているといえばしているんですけどね。3つ例を挙げるとするなら、まず初回の講義でアンケートを取って、教育の中のどういう事に興味があるかというのを聞いて、その結果を参考にして授業の内容を決めています。日本の教育史や教育思想・教育哲学などがいわゆる「教育学」の中心的なテーマなのですが、残念ながら、こういうテーマに対する今の駒場生の興味は非常に低いので、現代の身近ないじめとか校内暴力とかについて話すようにしています。初回のアンケートは学生がどういうことに興味を持っているかを授業に反映させるのに非常に役立っています。

もう一つは、私自身の研究の為に、授業中に頻繁にアンケート調査をしています。折角の授業の時間を削って学生さんにやってもらうのは本当は悪い気がするんですが、アンケートの結果を個人的に知りたい人には後でフィードバックしたり、調査の結果をまとめてお知らせしたり、出来るだけ研究用の調査を学生さんに還元するようにしています。

丹野先生

あとは、オフィスアワーといって、授業とは別の時間を設定しておいて、その時間は授業の質問やよろず相談や雑談に応じるようにしています。

私は現代教育論を15年ぐらい教えているので、最初のうちは毎年毎年いろんな工夫をしていたんですが、最近はマンネリ化してきているのも事実です。年とともにルーティン仕事みたいになっていまして(笑)。駒場での授業はそれぞれ面白い所を持っているんですよね。教養学部1,2年の学生に現代教育論を教えると、皆さんすごく興味を持って聴いてくれます。一方、大学院で教えるというのも非常に面白い仕事です。専門的なことを自分の研究室の中で5,6人を対象にして徹底的にディスカッションをして、それなりに面白さはあります。でも残念なことに時間がなくなってきていて、それぞれの授業に工夫する時間がなくなっているんです。でもやっぱり研究と教育というのは車の両輪のようなものなので、教育に専念するとマンネリ化するだろうし、研究に専念してもあんまり良くない。やっぱり忙しいけれども両方やっていくというのがマンネリ化しないための良い方法だと思っています。

文系的発想と理系的発想

文系の学生さんも理系の学生さんも小・中・高の学校社会を経験してきたわけですし、また東大という学歴社会の中にいるわけですから、文理を問わず教育が東大生にとっての大きな関心である事は間違いないと思います。それに私のやっている心理学は文系的なところと理系的なところを両方持っています。一見すると現代教育論や心理学は文系的な学問だと思われがちですけど、かなり理系的な発想で研究をしているんです。理系と文系を対立的に捉えないで、両方のいいとこ取りをしているような気がします。

私自身は高校では理系にいて、東大では文科三類に入って心理学を学び、大学院では医学部に入るという、理系と文系の間をふらふらする様な進路をたどってきました。教育学は完全に文系の学問なんですけど、それでも文系的な発想より理系的な発想で考えたいと思っているし、今の私の専門である臨床心理学でも、文系的な面と理系的な面が半々です。両方の発想が必要なので、どちらかに偏ってしまうと非常に偏った学問しか出来ないんですよね。だからむしろ両方のいいとこ取りをするように、「心はホットに文科系、頭はクールに理科系」というキャッチフレーズで研究しているので、文科系・理科系を分けるという発想はあまり持っていません。「心のない心理学」や「頭のない心理学」にはなりたくないんです。いじめの問題にしろ精神的な問題にしろ心の問題なので文科系的なところがあると思いますが、あまり文系的なところに入ってしまうと、クールさが無くなり、対象との距離が取れなくなって上手くいかないんですね。理系的に物として距離をとって観察する態度をつけるといいんです。かといって人間の問題なので遠くから見すぎてしまうと、治療などが出来なくなるので、適度な距離を保ちつつ共感の態度を取らなきゃいけない。両方が必要なんですよ。できるだけクールに観察したり分析したりする姿勢は見失わないで欲しいです。だから、駒場で文系と理系が共に学ぶのも、「心は文系、頭は理系」というのを身につけて欲しいということでしょうかね。

内容が多彩な「現代教育論」

現代教育論は、数人の先生がそれぞれ違った内容で授業をしています。一つの理由としては、非常に受講生が多いことですね。数年前までは毎年800人近くの受講生が集まり、大教室で授業をしていました。これじゃまずいというので、非常勤講師の先生にお願いして授業数を増やして、一つの授業あたりの受講者数を減らして、少しは過密授業を解消できたところはあると思います。

また、教育の問題には色々な視点があるので、いろんな先生に教育を論じてもらいたいと思って、多彩な先生にお願いしているということもあります。毎年教育学系の先生と心理学系の先生にお願いして、異なる立場で広い視点から授業をしていただくという事を目指しています。理系の科目、例えば○○力学だったら誰が講義しても同じ内容だと思うんですけど、文系の学問はどんな視点から見るかによっていろんな考え方が出てくるので、多彩な先生にいろんな角度からお願いした方がいいかなと思っています。

平成17年度までは現代教育論は一つの科目でしたが、平成18年度に駒場のカリキュラムが変わったのを機に、「現代教育論」と「教育臨床心理学」という2つの科目に分かれました。もっと増やす事も考えたのですが、それだと先生が足りなくなってしまうので、今はこれが精一杯かなと思います。もっと教員が増えたら、さらに科目を細分化して、学生がこれらの授業を多く取れるようにしたいですね。

学生に伝えたいこと

教育の問題というのは非常に身近で面白いので、是非興味を持ってもらいたいです。特に東大の学生は学歴社会の頂点にいるわけですから、そういうことを知ってほしい。学歴社会がどういう問題を起こしているかというのを、ピラミッドの頂点にいる人にはぜひ理解して欲しい。今教育の底辺で起こっている校内暴力や非行やいじめについて理解して欲しい。現代の教育問題に学生のうちから興味を持ってほしいという事ですね。興味を持った人は教育学部に進学して専門的に勉強するのもよいでしょう。

学生の中には、メディアに就職したり官僚になったり医者になったりする人がたくさんいると思うので、そういう人には是非教育現場の問題を知ってほしいなと思います。特にメディアに行った人には教育を広く知って欲しいという気がします。教育問題に対する報道を見ていると、必ず学校側が槍玉に挙げられて、「何で先生がしっかりしないんだ」とか言われて、教育委員会や文部科学省に非難が浴びせられる。これは非常に一面的だと思うんですよ。やはり子どもというのも非常に悪い所やずるい所をを持っていますし、いじめ問題において明らかに悪いのはいじめる子ですよね。それを放っておいて、「何でいじめを止められなかったのか」と先生ばかりを悪者扱いするのが私には不思議なんですよね。いじめがどうして子どもの間に広まったのか、どうして子どもはいじめを面白いと考えるようになったのかということを考えると、ひとつの原因は、テレビのお笑い番組で「いじめは面白い」というメッセージを流しているからなんですよね。漫才やお笑いのブームのおかげでテレビが繁栄してきたというのもあるので、やはりテレビにもいじめに対する責任の一端があるわけですよね。いじめが面白いというのは子どもの価値観が変わってきたというのもあると思うんですけど、そこを変えてきた原因の一つがテレビであることを反省してほしい。テレビが教育問題を取り上げると非常に一面的になる傾向があります。現代教育論の授業を聴いている人はそういう一面的な報道に惑わされないで、教育問題をもっと広い目でいろんな観点から見られるような視点を持って欲しい。これが私が一番学生に望みたい事です。

取材後記

丹野先生

おめでたいことに取材の数日前に教授になられたという丹野先生でしたが、講義の内容を語りつつ、現代の身近な社会問題についても広く語ってくださいました。こうした社会問題が教育と密接に結びついていること、そして教育が様々な形で社会に影響している事を感じました。UT-Lifeもメディアたるもの、もっと多様な視点から東大の学びを捉えていければと思います。

(編集:東京大学UTLife)