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林先生

近年、日中の経済一体化の流れの中で、中国語を学習する人が増えつつある。駒場でもその類にもれず、最近では多くの学生が第二外国語として中国語を選択している。今回は、中国語の授業を担当されている林少陽 特任准教授に、中国語の授業の特徴や現在の日中をとりまく情勢についてお話を伺った。

先生自身の研究

私は元々は中国の大学で英語を学んでいたのですが、日本語に対する好奇心が湧いて、その後日本語学科に転じました。中国でも日本の研究は可能ですが、やはり日本で勉強したほうが良いだろうと思い、留学という道を選んだわけです。駒場で大学院総合文化研究科の言語情報科学専攻に属していましたが、その博士課程を経て、助手(編注:現在でいう助教)になり、2006年から教養学部の中国語部会の仕事を担当するようになりました。

林先生

私は元々は日本近代文学、特に批評の理論を研究していました。西脇順三郎と夏目漱石の文学理論や、思想史といった日本文学・思想にまつわる仕事をやりながら、同時に中国文学にもまたがって研究をしています。そうしていくうちに、日本文学と中国文学を2つの国のものとして見るよりも、漢字圏の2つの言語体系の中の文学・思想として捉えるようになりました。

明治以降は近代の国民国家的なシステムの中で学問体系が再組織されたので、それが1つの切断となっているんです。これが日本でこれが中国という風に、無理矢理に分けてしまっているのです。この切断は国と国の間だけでなく、1つの国の中でも前近代的な歴史との切断でもあります。もちろん私は、日本文化と中国文化が1つのものだとは思いませんが、だからといって重なる部分がないということもあり得ないですよね。そうして違うものから同じものを見出し、同じものから違うものを見出そうとするのは、重要だと思います。

地域文化研究の上で、中国語の学習によって見えてくるもの

林先生

いわゆる「中国語」は現代の言葉なので、東アジアが共有している書記体系としての漢文とは少し違いますが、関わりのある部分もかなり見られます。口語と書記体とは本来二元論的なものであり、実際相互影響的なものでもあります。だから、現代の中国語を通して、皆さんが高校までで学んできた漢文を理解し、中国の歴史と日本の歴史、さらに大袈裟に言うならば東アジアの前近代の歴史を深く理解することができるのではないかと思います。

江戸の大学者荻生徂徠が言うように、漢文の訓読は翻訳でもあります。訓読は中国語を知らない日本人を対象に工夫した重要な方法で、たいへん重要な遺産です。他方、翻訳は若干意味をずらす事も含み、一義的に解釈されてしまう危険性があるので、訓読は翻訳を必要最小限にやったわけです。この翻訳された部分を探り、多義的な意味を理解することは、現代中国語を学ぶ上での1つのきっかけ、チャンスだと思います。

それと同時に、日本で使っている漢字の意味も、実は現代の中国人でも分からないようなものが数多くあります。例を挙げると、「之」という字に関して、一般の現代中国の人は「の」という意味ぐらいは分かるんですが、「ゆく」という意味が入っていることは、中国ではある程度の教養のある人でしか分からないんですよ。同じように、日本では「うまい」という意味でも使っている「旨」の字も、ほとんどの中国人には「要旨」の意味しか分かりません。実際「美味しい」という意味の「旨」は、『礼記』にも見られています。しかし、逆のケースも少なくないです。特に中級以上の現代中国語の読解の授業は漢字力を強める上で重要だと思います。

このように現代の中国語の勉強は、古代の漢文と日本語を理解する上で役立つものだということです。日本と中国の過去を知る上で、現代の中国語を勉強するということが、1つの入り口になると思いますね。安藤彦太郎という昔の中国研究の先生が『中国語と近代日本』(岩波新書)でしてきた通り、漢文と現代中国語を全く関係ないように両立して見ることは間違いです。

近代から現代にかけての日本と中国を取り巻く文化的情勢

林先生

現代の日本と中国は、政治的にも文化的にも別々の道を進んでいます。現代の中国で起こっていることを日本の人々が学問を通して理解するのは、マスメディアの報道とは違う真相を理解する上でも大事なことです。

近年ではグローバリゼーションや日中の経済一体化ということにも関わり、中国では日本語を勉強する人が増え、日本では中国語学習者が増えています。彼らよりだいぶ前から日本語を選んだ私にとっては、これは嬉しいことですし、いいことだと思います。何故かというと、1点目には学問的には、近代の西洋中心的進化論・進歩主義への批判という文脈における、漢字圏の学術体系を見るということにつながるかと思います。2点目は、地域研究としての中国研究・日本研究はもちろん、普通に生活する上でも他者を理解するということは非常に重要だと思います。3点目には、上の日本語・中国語の学習者が多いことは、実際に我々が新聞で読んでいるより深い程度で日中の経済の一体化が進んでいることをも示しているでしょう。4点目には、グローバリゼーションの流れの中での、漢字や学問を昔のような国家的な枠組み、たとえば「国語」なる枠組みから脱出させる試みであるという点です。

授業で使用している教科書

林先生

授業で使っている教科書には、統一された教材もあれば、そうでないものもあります。必修科目の「中国語一列」・「中国語二列」の授業では、1年生の時には『現代漢語基礎』を使っています。編集に関わっている先生方が皆中国語学の研究者と専門家であり、この1冊に授業を通して積んできた経験を詰め込んでいます。学生の皆さんがこの教科書で大変な思いをしているという側面もありますが、だからこそ歯ごたえのある良い教科書だと思います。2年生の教科書は、昔は東大独自の教科書『園地』を使っていて、2006年度と2007年度は正式な出版物ではありませんが『中国語読解2006』・『中国語読解 2007』を使っていました。この2冊の『中国語読解』の内容を選りすぐり、2008年4月には『園地』の第2版として『行人』というタイトルで東大出版会から出版しました。内容が豊富で、その全てを授業で扱うことはできませんが、興味のある学生なら自発的に読むでしょうし、教員にとっても選択の幅が大きい、とても良い教科書になると思います。根幹となるのはこれらの教科書で、その他には、文系1年生の必修である「中国語演習」用の教科書『表現する中国語』や、総合科目「国際コミュニケーション」の中国語の授業用に様々な教科書があります。

授業のときに心がけていること

林先生

教える上では、学生という対象を判断した上で教えていますので、これといって先生皆で統一している教え方はないと思います。授業初日のガイダンスで皆さんの様子を見てから教え方を決めていくので、シラバスに詳しい授業内容は書けないですね。学生に沿いながらの授業です。

私自身が授業で心がけていることは、語学の授業なので、まずは言葉をしっかり教えるということです。90分という時間を有効に使うのと同時に、内容に関連する背景的知識を、対象に沿いながら教えていくのが課題になっていると思います。あとは意欲的な学生が集まってくる「国際コミュニケーション」の授業では、小作文などを通して、受身ではない自分で考える勉強ができるように心がけています。

もう1つは、発音をしっかり身につけてもらうということです。私が授業の中で繰り返し言っていることですが、漢字は中国語そのものではありません。東アジア、殊に日本と中国に共通する記号なのです。では何が中国語かというと文法と、特に発音ですよね。皆さんが中国語を習って本や論文を読む場合は、たどたどしくてもある程度は読めるでしょうが、それで中国語が話せるわけではありません。やはり発音を覚えることが重要となってきます。これはリスニングと関連している話でもあります。

中国語の学びやすいところ・学びにくいところ

林先生

中国語の学びやすいところは、まず漢字が入っているという点ですね。発音を覚えれば済むことですし、個々の漢字の発音を覚えれば、それを組み合わせて単語の発音も分かります。実際、私が日本語を学ぶようになったのも、漢字が入っていたことによる好奇心からです。また、敬語や時制がない点、単音節であるという点も学びやすいところとして挙げられます。

漢字は日本語と中国語で共有しているので、例えば「朋友」という字の発音と「住在新宿」を習えば、「住友」という会社名の中国語での発音もできるようになります。そうやって発音を覚えることこそ中国語の部分ではないかと思います。このように自分で語彙を積み重ねてみることは漢字知識のある日本人に限っての勉強の仕方だと思います。

難しいところに関して言うと、リスニングが挙げられます。単音節であるために個々の発音時間が短く、聞き取りにくいという側面があるでしょう。それから、四声という4種類のアクセントがあり、その違いによっても言葉の意味が変わってくるので、日本語と比べて難しく感じられるかもしれません。また、時制がないということは、便利である反面、曖昧で難しい面もあります。

授業を通して学んでほしいこと

林先生

学生の皆さんは、大学に入ってすぐ第二外国語を学ぶことになっていますが、言語は若いうちに身につけておくのが大事だと思います。勉強がいくら大変でも、後で使うチャンスがあるとありがたく思えるでしょう。「歳を取る」というのは「忙しくなる」のと同義で、年齢を重ねていくとやる暇がなくなると思います。やはり時間がたっぷりある1,2年生のうちに中国語を含めた外国語を勉強することは重要だと思います。

また、研究者の道に入る人にとってはもちろん、中国語の文献を読むために、あるいは日本の漢文の文献をよく理解するためにも、現代中国語が関わってきます。社会に出て仕事をする人にとっても、人との出会いがますます盛んになってくるはずなので、将来のための準備としても学んでもらいたいですね。

日本と中国の若い世代が相互を理解し仲良くなってもらいたいとつねに期待しております。言語を身につけることは、マスメディアが発するような情緒的な言葉を疑う能力を身につけることです。そういう判断力を身につけることと外国語を身につけることは繋がっていると思います。理解するための外国語が大事だということです。

編集後記

語学的なことだけでなく、長いタイムスパンで見つめた日中の姿まで、先生は饒舌に語って下さった。日本との近さに加え、同じ文字体系を持っていることもあり、親近感を持ちやすい中国。中国のことがマスメディアで話題に上る度に我々は興味をひかれがちなものだが、報道では伝えられることのない日本と中国のありのままの姿を、もっと中国語を学ぶことで見つめていけたらと思う。


(編集:東京大学UTLife)